知ると楽しい蒸留酒⑴
端書き
お酒は好きだろうか。若者の酒離れと言われる一方で、ウイスキーは空前の大流行である。こうも流行していると、何もおじさんばかりがウイスキーを飲んでいるというわけではなく、若年層にも少なからぬ数ウイスキーの沼に片足突っ込んでる人間がいるはずで、かく言う私もその類だ。
当然、体質としてアルコールを受け付けない人もいるが、周囲の同世代で酒を飲まない人に話を聞くと、『酒というより、酒の場が好きでない』という意見がよく出る。騒がしかったり、酔っ払って粗相をしたり、恥ずかしくないのかと。個人的には、そういうお酒の飲み方が楽しい時もある。翌日に後悔と二日酔いを残したとしても、その日に壊れたい時もある。ただ、酒を飲むということは必ずしも騒ぐこととイコールでは結びつかないということを知ってほしい。もしかすると、騒ぐのが得意でなくどちらかというと内向的でオタク気質の方が、向いている酒かもしれないと思う時もある。新年度、新たに大学生になる人たちは酒を飲む。特に度数の高い蒸留酒を、自分たちも大して飲み方も知らない1,2年早く生まれただけの"先輩"とやらに飲まされる。酔いつぶれ、トラウマを残して酒から離れていく。ラフに飲むことを是としない考え方も如何なものかと思うが、蒸留酒は静かにゆっくりと味わうに耐えうるだけの質と文化と歴史がある。
この記事では、主な蒸留酒について横断するように整理していきたい。比較して知ると、ちょっとの製法の違いで味わいが大きく異なったりすることがわかる。自分のドロー系ソフトの知識のなさや資料不足から、事細かに画像を貼りわかりやすく説明することはかなわなかった。興味があったら適宜検索をしつつ補完して欲しい。
酒の製法
とその前に、そもそもお酒とはどのようにして作られているのか。その製法の分類について整理しておく。
醸造酒
酒は言わずもがな、アルコールが入っていることが条件である。飲料とされるアルコールが生まれるのは1種類の方法しかない。これだけ多種多様な酒があって、この事実は個人的には結構驚きで、なんだか感動した。原料に含まれる糖分を酵母によって発酵させることでしか生まれないのだ。これを醸造と呼ぶ。醸造によって生まれる酒の中で飲料として広く親しまれているものには、ワイン、日本酒やビールがある。アルコール発酵を行う酵母が、自分の生み出したアルコールによって死滅してしまうため、どれも比較的アルコール度数は低い。度数が低いので食事と合わせて楽しめて、食中酒として広く用いられている。
蒸留酒
蒸留酒は、この醸造酒を蒸留することによってアルコール度数を高めたものである。蒸留とは混合物を構成する物質の沸点の違いを用いて、蒸発・分離・凝縮の過程を経て混合物を分離する方法である。高校化学くらいでも実験で行ったことが1度はあるかもしれない。料理をする際に酒を使って風味付けをすることもあるように、アルコールは水よりも沸点が低く(人が生活するような気温気圧下では約78℃)、醸造酒を蒸留することによってより度数の高い酒を精製する。
混成酒
以上の2つの方法によって生まれた酒を元に、果実、ハーブや香辛料を加えたもの(リキュールや梅酒など)や、醸造酒を醸造する過程で蒸留酒を加える酒精強化ワイン(シェリー酒、ポートワインやマデイラワインなど)がこれにあたる。雑に言えば、醸造酒と蒸留酒以外のことを指す。
蒸留酒の製造
製造過程
前節の話を踏まえ、蒸留酒の大まかな製造過程をまとめると下図のようになる。
たったこれだけの過程だが、原料の違い、糖化のさせ方の違い、発酵に用いる槽の違いや蒸留の方法、貯蔵・熟成のさせ方、つまり全ての段階においてそれぞれの蒸留酒、またそれを製造する蒸留所独自の工夫があり、千差万別の味・香りが生まれる。
単式蒸留と連続式蒸留
長い前置きになってしまっているが、本題に入る前に簡単に蒸留の方式に触れておきたい。
モルトウイスキーやブランデーなど原料の香りや個性が強く出るようなタイプは単式蒸留という手法によって蒸留されている。これは単純に、蒸留という行程を一回行う蒸留器を用いて蒸留するということだ。単式蒸留器はポットスチルと呼ぶ。ウイスキーには以下に貼るような玉ねぎ型をしたポットスチルが多い。
山崎蒸留所
宮城峡蒸留所
Jamesons蒸留所前(改修工事中で蒸留所前の以前使用していたポットスチルしか見れなかった)
ブランデーの一種であるコニャックには、シャラント型と呼ばれるポットスチルが用いられる。(蒸留所見学には行けていないので参考画像無)
一方で、グレーンウイスキーやウォッカなどの多くは連続式蒸留機を用いて一回蒸留機に入れる間に連続的に蒸留を行う。原料の風味は薄くなってしまうが効率的にアルコール度数の高い精製を行うことができる。比較的新しく機械的な手法であるため、日本の酒税法では連続式に関しては蒸留"器"ではなく"機"で記される。
様々な蒸留酒
世界中のたくさんの国で、蒸留酒は作られている。代表的なものを、表でまとめる。
総称 | 種類・名称 | 原料 |
ウイスキー | モルトウイスキー | 大麦麦芽 |
グレーンウイスキー | 小麦・ライ麦・とうもろこしなど |
ブランデー | コニャック | ぶどう(ワイン) |
アルマニャック | ||
フィーヌ | ||
マール | ぶどう(ワインの搾りかす) | |
グラッパ | ||
カルヴァドス | りんご | |
アップルブランデー | ||
キルシュヴァッサー | さくらんぼ | |
スリヴォヴィッツ | すもも |
焼酎 | 甲類 | 米・麦・芋など |
乙類 |
ウォッカ | ウォッカ | 麦・ジャガイモ・甜菜など |
ジン | ドライジン | 小麦・ライ麦などの穀物 |
ジュネヴァジン | ||
シュタインヘーガー | ジュニパーベリー |
メスカル | メスカル | アガベ |
テキーラ | アガベ・テキラーナ・ウェーバー・ブルー |
ラム | Rum | さとうきび |
Rhum | ||
Ron |
ウイスキーは産地による分類もできるし、その方が自然に説明できるような事柄も多いが、ここでは他の蒸留酒との比較のため原料による違いで2つに大別した。
この表を見ると「なぜ同じ原料を使っているのに、種類・名称が異なるものがあるのだろう」という疑問が生じるだろう。コニャック・アルマニャック・フィーヌ、マール・グラッパ、甲類・乙類、ドライジン・ジュネヴァジン、Rum・Rhum・Ronの違いとは?とはいえ、これらは総称自体は同じ分類に属するもの同士の違いに過ぎない、後に詳細に記述しよう。もっと気になるのは、麦などの穀物を原料とする蒸留酒が、(グレーン)ウイスキー・焼酎・ジン・ウォッカと4種類もあることだ。飲んでみればわかる通り、それぞれ味わいは全く異なる。なぜだろうか。
グレーンスピリッツと焼酎の違い
グレーンウイスキー、多くのジン、ウォッカはグレーンスピリッツから更なる行程を経ることでできる。まずはグレーンスピリッツと焼酎の違いについて検討してみる。両者ともざっくりとした製造過程は以下のようである。
ここでグレーンスピリッツと焼酎を大きく分けるのは、赤字で書かれた「糖化」の過程にある。原料となる穀物などはブランデーなどの原料に用いる果実のように甘くない。つまりグルコースなどの糖分が含まれない。原料に含まれるデンプンを糖化してからじゃないとアルコール発酵ができないのである。グレーンスピリッツでは、原料となる穀物に大麦麦芽(わずかに発芽し、デンプンが糖化したもの)を混ぜることによってアルコール発酵を行えるようにする。これに対し、焼酎は原料に麴を加えることでデンプンを糖化している。
蒸留酒というより醸造酒の話になってしまうが、ブランデー(の原料となるワインなど)ように糖化せずとも原料自体で発酵可能なものを用いる発酵を単発酵と呼び、グレーンスピリッツのように一度原料を糖化して、それを発酵させることを単行複発酵と呼ぶ。醸造酒ではビールなどがこれにあたる。これに対して焼酎は糖化と発酵を同時に同じ槽の中で行う。これを並行複発酵と呼び、醸造酒では日本酒がこれを用いている。すなわち、麴を用いて同時に糖化と発酵を行うのは日本独特の手法と言える。
焼酎
紹介するどの蒸留酒に関しても造詣が深いなんて言えるレベルには達していないが、
特に焼酎に関してはほとんど知らないので簡単になってしまうことをご容赦いただきたい。特に、ウォッカと並んで原料が多種多様にあり、代表的なものは米・麦・イモであるけれども、そば、牛乳、シソとか何から何まで糖化できるものは全て使い尽くしてるんじゃないかってレベルで色んな種類がある。
甲類焼酎
連続式蒸留機で蒸留を行っているものである。
乙類焼酎
単式蒸留器で蒸留を行っているものである。単式のため、より原料の個性が強く出やすい。連続式と単式、一見文字面で見ると単式の方がしょぼい感じに見えるためか、乙類焼酎は本格焼酎とも呼ぶ。本格焼酎という名前をつけるだけあって、ウイスキーのように木樽で長期熟成するものも多い。
ウォッカ
東欧、北欧、中欧周辺でよく造られている酒。ウォッカは蒸留酒の中でも最も味と香りに特徴がない。その要因は以下のような製造過程にある。
連続蒸留機を用いて何回も蒸留すること、白樺の炭で濾過をすることで癖を取り除いているのだ。ロシアや東欧ではストレートで飲むことが多いようだ。シベリア鉄道に乗った時、ティーカップで水を出されたと思って飲んでみたらウォッカだった。アジア人だと思ってナメられていたのか、これが彼らにとって一般的なのかは知らんけど。
原産国以外では、ウォッカは高いアルコール度数で味や香りが薄い特徴を生かして、カクテルとして用いることが多い。味を崩さずに香りだけを加えることができるというカクテルの材料にもってこいなものとなるため、フレーバーが添加されたウォッカがたくさん存在する。
ジン
薬草などを用いるので元は薬として作られていたようだが、現在では酒として広く親しまれ、蒸留酒に詳しくない人でもジントニックやマティーニなどで飲んだことがあるのではないだろうか。ボタニカル由来の苦味や爽やかさが特徴的である。3種類のジンを紹介するが、どれにも共通するのはジュニパーベリーというハーブが使われていることである。
ドライジン
ウォッカのように香料として添加するのではなく、グレーンスピリッツにジュニパーベリーやその他のボタニカルを浸漬して直接香気成分を抽出し、その後に再蒸留を行う方法を使って作られるのがドライジンである。蒸留は一般的に連続式蒸留機を用いる。ロンドンで作られるジンは基本このタイプであるため、ロンドンジンとかブリティッシュジンとか言われたりもする。
日本でも最近このタイプのジンがよく製造されている。ウイスキーブームで日本でもクラフトディスティラリーが立ち上げられるが、ウイスキーは製品として売り出すのに数年間熟成を必要とするために、その間運転資金を稼ぐために熟成を必要とせず、かつ手順としてウイスキーから遠く外れるものではないからという理由もあるのだろう。
ジュネヴァジン
実はドライジンよりもジュネヴァジンの方が古くからあり、ジンの発祥である。発祥の地はオランダであり、そのためオランダジンと呼ばれたりもする。基本的にはドライジンと製造過程は変わらないが、ドライジンと違い単式蒸留器を使って蒸留される。そのため、より個性的な味わいになる。
シュタインヘーガー
ドイツで作られるジンであるため、ドイツジンとも呼ばれる。この由来はオランダ発祥のジュネヴァジンから派生したものではなく、ドイツ独自に生まれたものであり、その生い立ちはどちらかというとシュナップスにある。(シュナップスはドイツで15世紀頃から生まれ親しまれている蒸留酒だが、その定義はかなり広く今回の説明では省いた。)グレーンスピリッツにジュニパーベリーを漬け込む方法ではなく、直接生のジュニパーベリーを糖化発酵させて、ジュニパーベリーの蒸留酒を作り、それとグレーンスピリッツを混ぜて再蒸留することによって作るのがシュタインヘーガーである。このため、ジュニパーベリーの香りが良く活かされたジンとなるし、ドライジンなどのような刺激的な強い香りではなく、控えめで滑らかな香りになる。
ここまでで焼酎、ウォッカ、ジンについてほんの軽くではあるが紹介してきた。5000字を超えて長く読みづらいものとなってしまったので、次回に続く(かどうかは気分次第)